「人魚の眠る家」を観て

駆けつけた警察官を前に、篠原涼子が脳死で動かない娘の胸に包丁を突き立て叫ぶシーンがとても印象的。


親として、どの時点で子供が死んだと認めなければいけないのだろうか。


ぼくにはまだ、自分の臓器も子供の臓器も提供するかどうか判断がつけられずにいる。


そもそもどの状態なら死んでいるか、または生きているかの基準は、法律で決めるものなのだろうか。


生か死の判定は科学(生物学)の領域の話ではないのか。


科学で判定すべきものを法律で基準を定めようとするから、思いや感情が入り込む余地ができてしまい、難しい問題になってしまうのではないか。


けっして後味が悪い映画ではないけれど、とても重い気持ちにさせられた。


飛躍的に再生医療が進歩しない限り、きっと、ずっとこの議論は続くと思う。


製 作 :2019年 日本

原 作 :東野圭吾

監 督 :堤幸彦

キャスト:篠原涼子、西島秀俊、坂口健太郎、川栄李奈 他


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