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zoom RSS 「遠い太鼓/村上春樹」を読んで(その1)

<<   作成日時 : 2006/10/27 18:40   >>

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「やがて哀しき外国語」に続き旅行記を読んだ。
約3年間の海外(欧州)生活を日記風にまとめたものであるが、「やがて哀しき外国語」よりもかなりボリュームのある旅行記であった。

多分、村上氏本人が言っているように長期での海外生活が始めてであることと、村上氏が37〜40歳と若い頃の旅行記であること、欧州という文化に深みがある――逆にアメリカは広がりがある――地域であることから、かなり熱の入った長い旅行記となったのではなかろうか。

この旅行記を読んでつくづく感じたことがある。
作家や小説家という人種は、「ものを書く」ことによって心のバランスと精神の平静さを保っている――保つことが出来る――人たちなんだなあ、と言うことだ。

たぶんこの人種に属する人たちは、書いたものが売り物になろうがなるまいが兎に角書いていさえいれば、かなり精神的に厳しい状況でも何とか切り抜けていける能力を持った人たちなんだなあ、とつくづく感じる。

台風などの自然災害や大きな火事の現場で、レポートすることが傍目にも危険なところでも、マイクを持ってカメラが回っていると実況中継できてしまうレポーターとある意味似ているのかもしれない。

もちろん自分たちが選んだ道とはいえ、訪れる都市や村に何のコネクションもなく、奥さんと二人だけで旅するのは、僕なんかではとても想像できない程の緊張とストレスではなかろうか。

僕は多分よくもって半年、もしかすると2〜3ヶ月で音を上げてしまうかもしれない。かえって一人の方が野宿でも何でも出来るし、上手くいかなかったとき――なにかにつけ上手くいかないことのほうが圧倒的に多いと思う――文句も言われずに済むので、気楽にフラフラと過ごすことが出来るのかもしれない。

折角だから奥さんについて言うと、「さすが物書きのプロは違うな」と思ったのが奥さんの描き方だ。
読む人によってその度合いは異なるだろうが、村上文学の魅力の一つが登場する女性の色気だと思う。

一口に色気といっても、007のボンドガールみたいに肉感的で画一的な感じではもちろんなく、中学生から40〜50歳代の女性まで実に幅広く様々な色気が小説の中では登場人物を通して表現されている。

特に、作品の会話のワンフレーズで、凝縮させたその人全体の魅力を描くことが天才的に上手いと思う。
そこで今回は逆な意味で「すごいな」と思ったのが、最後まで奥さんに色気を出させず描ききったところだ。
短いフレーズに色気を凝縮することよりも、色気を感じさせないように描くことの方が数段難しいと思うのだが、どうだろう。

(その2へつづく)

遠い太鼓
遠い太鼓 (講談社文庫)

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