『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/村上春樹』を読んで

読んでいるあいだの約一週間、村上ワールドにどっぷり浸かることができた。

ハルキストとしては、それだけでもう充分なんだけれど、
これまで読んだ作品について、
ずっと自分なりの感想を書いてきたので、
今回も現時点で感じたことをまとめておこうと思う。


村上さんの主題の一つ、
「止めようなく損なわれ続ける」ことが
今回も重要な要素になっていたと思う。

けれどそれは、今回は単に要素であって、
テーマは、致命的に損なわれてしまったあと、
そこからの再生にあるように思う。

また血が流れるかもしれない、
もしかしたら傷口に蓋をしていただけで、
実は全然傷は塞がっていなくて、
蓋を外したとたんに
堰をきったように勢いよく血が流れ出てしまうかもしれない、
だけど、今回は正面から乗り越えてみよう、という勇気が
読む者にも力を与えているのではないかと思う。

5月6日に京都大学で行われた
河合隼雄物語賞・学芸賞の記念公演で
「地下1階でも小説は書けます。
でもそれは本当に人をひきつけるのか? 
地下2階まで行く通路を見つけた小説家はそう多くないと思います。
地下1階の小説は説明しやすく批評しやすい。
だけど地下2階より下の小説は、説明できない。
根底に何かを作りたいと思えば、下まで降りていかないといけない。
僕のやりたいことは正気を保ったまま下(地下2階)に降りていくことなんです」
と言ったように、
読んでいるあいだ中、ずっと多崎つくるや他の登場人物に共感できるのだけれど、
では、全体としてどういうことなのかと言われると、
ものすごく説明が難しい。

現時点で自分が感じたのは
これまでの村上文学は、
世界または社会から切り離した自分という存在を
徹底的に内観することにより
(しばしばこれまでの作品の中で「井戸に降りる」という表現で表している)
外界と自分の中での関係性を再構築し、
そのプロセスを物語というかたちで
読者に語っていたように思う。

そして、井戸をどんどん降りて行くと
自分と他人との境界が曖昧になり、
根元のところでは誰もが境目なくつながることができる、
そんな境地で書かれた小説ではないかなと思う。

人類愛とも少し違う気がするけれど、
作品の根底に普遍的な愛のようなものがあるからこそ
一見個人的なことを書いているように見えて
読む者に「自分の物語」と感じさせてしまうのは
このような人間認識があるからじゃなかなあと思う。

またこれは表面的なことに過ぎないかもしれないけれど、
本当にすごい、分かっていてもなかなかやれないな、と感じたのは、
60歳を過ぎてもなお、
自分の文体や表現しようとすることが変化することを拒まない
勇気とそのチャレンジ精神についてだ。

僕はいま40代中盤になってきて、
自分がどんどん保守的になってきていることに驚かされることが多いのだけれど、
還暦を過ぎた大作家である村上さんが
ある意味これまでのスタイルを捨てて
新しい形に取り組もうとしていることには本当に驚かされる。

たぶん仕事も芸術も、
守りに入った瞬間に寿命が尽きてしまう
そう言うものなんだろう。
書いてしまえば簡単なことなんだけれど、
スティーブ・ジョブスが言っていたように
”stay hungry,stay foolish“って
言葉で言うほどたやすいことではないんだと
改めて感じた。




色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
文藝春秋
2013-04-12
村上 春樹

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この記事へのコメント

いちごジャム
2013年05月13日 18:45
村上ファンです。村上春樹の小説を読んでる時、自分の中にある普段隠れている自分との対話をするような感じですね。何度も読んでも飽きられないことか。最近の新作に登場した曲が小説を読めれば読むほど聞きたくなった、ついCDを購入しました。曲を聞きながら、小説を読んで、なんとか、村上春樹さんと同感したような感じをします。おすすめです。ブログにも感想を書いていた。
http://classiccat.seesaa.net/article/360915229.html?1368436377
いろいろ感想文
2013年05月14日 06:02
いちごジャムさん、コメントありがとうございます。
村上ワールドに浸るって、本当に気持ちよくて、良い心地ですよね。この曲はまだ聴いたことがなかったので、今度聴いてみようと思います。

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