『1Q84 book1・book2/村上春樹』を読んで  その1

Amazonで予約をして購入したのに
仕事で時間がとれず
やっと1月になって読み始めることができた。

読み終えて三日過ぎたが
考えがまだまとまらない。

とりあえず、と云うかまずは気づいたことから。

①三人称になり、文書中に「語り」が入るようになった。
これは少し驚いた。
村上文学の特徴の一つが
読み手に直接話しかけてくるような一人称だと思っていたから。
けれど完全な三人称というわけでもなく
語りの主語は常に「僕(または私)」だ。
三人称なのに「僕」が語りかけてくる、
ちょっと不思議な感じだった。
村上さんが凄いのは
このことに気づきさえしなければ
まったく違和感なく読めてしまうところだ。
ほんと、スゴイ。

②「世界の終わり~」や「海辺のカフカ」のように二つの物語が並行して進む物語であった。
村上さんは文学的才能は言うまでもないけれど
天吾のように数学の才能も人並み外れていると思う。
職人技というのは、こういうものをいうのだろう、
村上さん以外にこれほど見事に計算ずくで書ける人はいないと思う。

③登場人物の特定分野への知識がそろってとても深く、少し違和感がある。
まるで日常会話のように
チェーホフやドフトエフスキーの作品や人物に対して
会話を展開させているが、
さすがにこれは無理があったと思う。

④性描写にイヤラシさがない。
かなりはっきり描いているのに
それでいてイヤラシさが、まったくと言っていいほどない。
これも村上さんにしかできない芸当の一つだと思う。

⑤テーマ・主題がこれまでの作品より数段深い。
なにが主題なのかよくは解らないけれど
今までの作品より、数段深くて大きいものを表現しようとしている、
ような気がする。
それが何かは、僕にはまだよく解らないけれど。

  ――・――・――・――・――・――・――・――・――

1Q84で、一体何が言いたかったのだろうと、
この三日間、ずっと考えてきた。

食事中も、通勤で自動車を運転中も、
風呂で湯船につかっている間も、トイレで用を足している時も、ずっと。
仕事で、どうしても一つのことに
集中して取り組まなければならないとき以外は
仕事中でさえずっと考えた。


「救い」じゃないかな、と思う。
信仰に救いを求めるものもいるし
革命に救いを求めるものもいる。
現世利益に救いを求めるものや
既存の価値観や権威を批判することに救いを求めるものもいる。

過去に一瞬でも心を通い合わせた人との
その時の互いの「想い」に救いを求めるものもいる。

「救いがある」と思うことができれば、
それを希望の光として、なんとかこれからも生きていける。

救いのない世界では、絶望するしかない。

また、この世には神でも悪でもないけれど
自らの意志を持って世界を動かそうとする「なにか」が存在する。
それは誰の目にもはっきりと見えることもあれば
特定の人にしか見えないこともある。
自然の摂理に見えることもあれば
説明のつかない怪奇現象であったりする。

そのような「なにか」をリトル・ピープルとして擬人化させ、
一種の比喩としても意味も持たせのではないか。

その「なにか」は
ときに巧みに、ときに力づくで僕たちを取り込み
服従させようとする。

そこには確かな意志のようなものを感じるけれども
意志の「根っこ」に、なにがあるかまではわからない。
「救い」と「なにか」とに間にどんな関係があるかもわからない。



僕が今日までに考えることができたのは以上のところまで。

空気さなぎとドウタについては、
もう少し考えて別の機会に書きたい。





1Q84 BOOK 1
新潮社
村上 春樹

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