「すべての雲は銀の…/村山由佳」を読んで

村山さんの小説は、主人公の男の子が一人称で語りを務ることが多いのだけれど、
ある意味男として最低な要素である「女々しくて嫉妬深い」性格であることが多い。

確かに今回の設定のように、
実の兄に恋人を寝取られ妊娠までしているとなると、そのショックは想像するにあまりまる。
祐介には酷なことではあるが、しかし、タカハシが言っているように、祐介と兄はフィフティ・フィフティなのではないか。
どちらが先に出会ったとか、プロポーズしたとか寝たとかは全く関係なく、
ある意味、あと出しジャンケンでさえありで、理屈やルールのない無法地帯だからこそ
恋愛はいつもスリリングで、気が気でなくで、気が置けなくて、絶えず不安なのではないか。

理不尽だとは思うけれど、それが恋愛の真理だと思うから仕方がない。仕方がないとしか言いようがない――かく言うぼくも、辛い思いや歯痒い思いはたくさんしてきた。でなきゃ村山さんの小説を読んで、これほどまでには共感でなかっただろう。

ではズタボロになって、立っているのさえおぼつかなくて、醒めているのか夢の中なのか判別できなくて、どっちが右なのかどっちが前なのかも分からなくてもう一歩も歩けない時、
それでも歯を食いしばって歩いていかなければならないのか。

僕はそんなことはないと思う。年齢によっては自分の食いぶちぐらい何とかしなければならい実際上の問題はあるけれど、人生の一時祐介のようにモラトリアムしても良いと思う。
むしろ、そうしなければならない時が誰しもあるのではないかとさえ思う。
絶望しない限り、前を向こうという気持ちさえあれば十分ではないだろうか。僕はそんなふうに思うのだが。



祐介が立ち直るプロセスで瞳子と結ばれることは必然だったのかもしれないし、
その必要性は十分理解できるものの、それでもなお異を唱えたい。
確かに互いの足りない部分を補うために、お互いの存在は必要なんだろうけど、
それは男女の仲というよりも兄弟のそれに近いと思うからだ。

時間はかかるだろうけど、祐介は花綾と一からやり直すべきだったと思う。
文字どおり一から二人で。
自分が必要とする人よりも、自分を必要としてしてくれる人と一緒にいるべきだと思うから。
それはどちらが正しいと言うことではなく、個人的なルールみたいなものだけど
必要とされることで自分の存在価値を確認したいんじゃないのかな。
もちろん自分の人生なのだから、もっと我儘にもっと強引に自分を正当化してもいいのだろうけれど。
でも、僕と同じようにしか考えられない人って、少なくないと思うんだけどな。
今時の価値観でないことは確かかもしれないけれど。


すべての雲は銀の…

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この記事へのコメント

2007年05月06日 19:37
こんばんは☆
この休み中は読書を堪能しましたか?
『すべての雲は銀の・・・』は読んだ事あり
ませんでした。
『自分が必要とする・・・自分を必要とする
人と・・・そんな人と一緒に居るべき・・・』
以前のブログでも拝見した言葉ですが、
今になってその価値がわかってきた様な
気がします。ほんと、後にならないとわか
らない事・・・です。肝心なことでさえ。。
いろいろ感想文
2007年05月06日 20:42
凛さん、コメントをいつもありがとうございます。
連休中は、「まったりと」読書を堪能していました・・・と言いたいところですが、家族サービスの合間に読書を楽しんでいました。
(でも僕以外は、読書の合間に家族サービスをしていたと思っています、たぶん)
「おいコー」シリーズのような疾走感が清々しい恋愛小説も良いですが、「すべての雲は銀の・・・」のような腰の据わった長編小説もなかなか味わい深いです。
ただ、僕のブログだけを読むと本編に誤解を生じかねないのであえて断っておきますが、この小説の主題は「変わりながら、変わらずにあるもの」だと思います。(「おいコー」のあとがきでも村山さんが触れていたので聞き覚えがあるかもしれません。)

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