「翼―cry for the moon/村山由佳」を読んで

かなりの大作だった。
小説のとしての深さや奥行きの広さなど、これまで読んできた「エンジェルズ」シリーズや「おいコー」シリーズとは一線を画す気合の入った作品だったと思う。

「おいコー」シリーズを読んでいたときも感じたが、
「翼」を書いた97年ごろを境に、村山さんの作品は加速度的にグレードアップしてきたと思う。「おいコー」シリーズでは「雪の降る音」辺りだろうか。

たぶん、これまでは作家の力量として書けなかったから書いてこなかったと言うことではなく、村山さん自身も本当の意味で読者を心底信頼できてきて、
やっと書きたいものを本格的に表現できるようになってきたということではないだろうか。
これまでリリースしてきた作品の集大成と言うよりも、
やっと腰を据えて本格的に小説を書くことが出来たという印象が強かった。
「真打登場」ってことかな。

この作品には随所に村山さんの人生観とでも言うべき言葉が散りばめられている。
特に印象的であったのは、
「すべては、あんたの選択次第なのだよ。・・・・・人を愛せる人間になるか。憎しみに支配された人間になるか。幸福になるための努力をするか。不幸への坂を滑り落ちるにまかせるか。育った環境も、置かれている境遇も関係ない。あんたが、自分で選ぶことだ」
というくだりである。
(村山さんの自身の言葉を借りれば「人生あみだくじ」)

僕もある人から聞いてい以来、いろいろな局面で立ち止まり噛み締める言葉がある。
「全ては自分が選択した道である」とその人は言っていた。
人生の様々な局面において、選択肢が多い時限られている時と選択出来る幅の違いは局面によっていろいろだけど、その中からひとつを選んだのは他でもない、自分自身だ。

良い結果は自分の手柄、悪い結果は他人のせいにしたい、誰だってそうだと思う。
そうしなければ心のバランスを保てない時だってあると思う。
しかし嵐が去って少し平静さを取り戻したのち、自分と向き合わなければならない時が必ず来る。
「本当の答えは、いつも自分の中にある。見に見えないもの、手でさわれないもの、耳には聞こえないものの中にこそ、真実が隠されている」

これは村山さんの他の作品にも共通する主題のひとつではなかろうか。


村山さんの作品は、ハッピーエンドばかりでなく、時には一見問題が何も解決しないまま終わってしまうようなこともあるけど、
読んだあとに勇気付けられることがとても多い。

世の中は、とかくスピードを求めたがるけれど
「愚図でのろまでもいい、時には立ち止まってもかまわないから、自分がまっすぐだと信じる道を、自分の足で一歩一歩あるくこと、歩き始めることが大切なんだよ」
と背中を押してくれているようだ。



翼―cry for the moon

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